【Fリーグ】引退発表の小宮山友祐へ レジェンドからのメッセージ PART3

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フットサル日本代表でも長らく活躍してきたバルドラール浦安のFP小宮山友祐が、2016-17シーズン限りでの現役引退を発表した。この一報を受け、小宮山とゆかりのある指導者・選手にメッセージを送ってもらった。

 

PART3では、現役の選手たちが多数登場。ファイルフォックスと日本代表でチームメイトだった森岡薫、村上哲哉、日本代表でのチームメイトだった仁部屋和弘、引退発表後の最初の試合を行う府中のキャプテンであり、同じマネジメント会社に所属する皆本晃、そして、日本代表と浦安のチームメイトの星翔太、浦安のチームメイトである岩本昌樹という6名からのメッセージをお届けする。

 

  • 森岡薫(元ファイルフォックス&日本代表)

「引退は全然知らなかったし、ショックだよ。『おまえ、オレとの勝負を楽しみにしていたんじゃないのかよ』って思うよね。周りからも、『どっちのチームが勝っている、負けているとかは関係なく、森岡と小宮山のやり合いは見応えがある』と言ってもらえていたし、年齢を問わず、お互いにまだまだできると思っていたから、その勝負を見せられなくなるのは残念だよ。

友祐との1対1は、ファイルフォックス時代からやっていた。当時、友祐は代表に入っていて、オレは入っていなかった。アジア選手権の前か何かのときに、友祐が『体を動かしたい』と言って場所を探していたことがあってね。ちょうどオレは、八王子みなみ野のフットサルコートでスクールのアルバイトをやっていて、スクールが始まる1、2時間前はコートが使えた。そこに友祐に来てもらって、1対1をやったね。そのときは、10回勝負を挑んだら、8回は友祐に止められていた。日本がイランに勝ったときも、シャムサイーを抑えていたのは友祐だったけど、あれは悔しかったよね。あの悔しさが、自分の成長にもつながった。

友祐のような1対1に強く、相手をねじ伏せるタイプのフィクソは、ピヴォを育てるのにも大事。とくにオレの場合は、寝る前に『明日は、こいつを倒す』と想像してから寝るからね。友祐とのマッチアップは、もう10年以上、ずっと意識していた部分もあるし、すごく成長させてもらった。Fリーグが始まって最初の頃は、浦安に勝つというよりも、友祐を絶対に振り切ってやろうと思っていたくらい。『チームの勝利が一番大事です』と口では言っていたけど、本心では『友祐に止められたらダメだ』ということを先に考えていることが多かった。

つい先日もFリーグでやり合ったばかりだから、体が言うことを利かなくなったから引退するわけじゃないというのは分かる。正直、『小宮山のプレーで引退しないといけないなら、もっと他にも引退しないといけない人はいるんじゃないの?』と思ってしまう。違う理由で引退するなら、仕方がないけど、本人が決めたことだから、それを尊重するしかない。みんなが良い形で引退できたらいいけど、同年代の選手がだんだん引退してしまうのは、ちょっと心細い。まだまだ自分たちには引っ張っていく力があるのになと思うから。

友祐とは、もう1回Fリーグで戦える。本人も悔いを残さないようにやるだろうから、オレもオレで、そこはまた意識しながらやっていく。今度負けたら、『最後はオレが勝って辞めた』と言われちゃうからね。絶対に勝ち逃げされないようにしないといけないよね」

 

  • 村上哲哉(元ファイルフォックス&元日本代表FP)

「僕は今から12、13年前、セレクションに受かって、初めてファイルフォックスの練習に行ったときに声をかけてもらってから、ファイルフォックス、日本代表と、本当に長い間、友くんとフットサル界に携わってきました。ずっと東京での苦しい時期を支えてきてくれた人であり、今の自分があるのも、友くんとの出会いがすごく大きいです。代表でも背中を見て感じること、実際に僕もあの人がいたから頑張れたことが大きい。一緒にW杯の舞台に立って、ピッチに立って戦えたことは一生の宝物であり、財産です。残念ですが、選手である以上は絶対にこういうタイミングが来てしまいますが、残りの試合は1回あるので、そこでお互いに良い試合ができればいいと思います」

 

  • 仁部屋和弘(日本代表FP)

「初めて友くんに会ったのは、Fリーグが始まった直後、サッポ監督時代の代表合宿に呼ばれた時です。最初の合宿のとき、自己紹介でみんなに『友祐は、めっちゃ腹黒いから』って注意されたのをすごく覚えているのですが、接していると『そんなことないな』と思っていました。そうしたら、2回目の合宿のときは同部屋になったんです。当時、僕はチーム全員にいたずらされていて、ホテルの部屋に戻っていたら、みんなが僕のベッドにもぐりこんでいたりして驚かされたりしていました。部屋のドアを開けておくと、またイジられると思ったので、友くんにも助けを求めて『部屋を開けないでください』ってお願いしていたんです。そのときは、友くんの本当の姿を知らなくて、単なる良い人だと思っていたので(笑)。ところが、その後、僕が部屋を出てしばらくして戻ろうとしたら、明らかに部屋のドアが開いているんです。そのときですね、『うわ、小宮山め』と思い、みんなが腹黒いと言っていた意味を理解したのは。それ以来、友くんはずっとトラウマです(笑)。

プレーに関しては、今まで日本代表としてやってきましたが、友くんほど安心感を持って背後を任せられる選手はいませんでした。『集中して攻めて来い!』っていう感じで守ってくれるので、『ディフェンスは、友くんがやってくれる』と、攻撃に専念してプレーできました。あの感覚は、それまでに感じたことがありませんでしたし、友くん以外からは感じられませんね。たまに『ディフェンスは任せられる』と思って、ゴール前にシュートパスを送ると、ファー詰めしていたのが、友くんで『守ってないんかーい!』と、ビックリすることもありましたけどね(笑)。でも、やるべきことを、本当にやり続けていたと思います。

1月14日には、浦安との試合があります。昨シーズン、最後の浦安戦は、(高橋)健介が引退を発表して、残り何試合かという状態でした。あの試合もプレーをしながら寂しい想いをしていました。友くんが引退すると聞いて、すでに寂しい気持ちになったので、また、そういう思いを抱きながらの試合になるのかな? と思っています。試合前にセンチメンタルな気持ちにさせられて、『相変わらず腹黒いな』とも思いましたが(笑)、友くんのフットサルと向き合う姿勢、プレーから学んだこともたくさんあります。良いプレーをしてそれを証明して、『もう、引退して大丈夫だな』と安心してもらえるように、感謝の気持ちを込めて試合に臨もうと思います」

 

  • 皆本晃(日本代表FP)

「僕が最初に日本代表に選ばれたのは、ミゲルのチームが始動したときでした。当時、府中はFリーグに参入することが決まっていたのですが、まだリーグが開幕する前だったから、Fリーグ所属選手だけど、Fリーグのピッチに立ったことはない、という状況だったんです。友祐さんにとって僕は『誰、おまえ?』っていう感じの存在だったと思います。当然、僕は友祐さんを知っていましたが、面識もなかったから、持っていた印象というのは試合ちゅうの、怖くて、熱くて、とにかく相手に向かっていく姿だったので、ビビッていました。ところが、実際に会って話をするとめちゃくちゃ優しくて、そのギャップが激しかったです。それで、すごく安心したところがありました。ただ、その安心したところを突いてくるところがあるので、ビジネス的な優しさだったのかもしれませんね(笑)。

友祐さんは、そのときに初めて日本代表のキャプテンをやったと思うんですが、中国に遠征して試合をしたときも、いろいろと声を掛けてくれて、『これが日本代表のキャプテンなんだ』と思った記憶があります。

その後、僕がスペインに行ったこともあり、代表からは離れてしまいました。次に会ったのは、Fリーグで対戦したときだったのですが、正直、これまで何度も一緒に試合をしているにも関わらず、試合中は一切マッチアップすることがないので、戦った感覚がないんですよね(笑)、ただ、セントラル開催のときなど、外から試合を見ていると、やっぱり存在感は強烈です。

今は日本代表で同じフィクソとしてプレーしていますが、ちょっとプレースタイルも違うので、後継者ではないなと思っています。タイプは違いますが、代表の後ろを支える選手にならないといけないし、なっていると思っています。スズさん(鈴村拓也)、友さん、哲さん(村上哲哉)、(北原)亘、滝田(学)、オレ…オレだけちょっとタイプは違いますが、フィクソという大きなくくりでは一緒なので、友祐さんの想いをつなげていかないといけないと思っています。

早速5日には、友祐さんの浦安との試合があります。引退を発表して最初の試合、しかも浦安にとってはホームゲーム。実際に引退するのは、まだまだ先だけど、間違いなく友祐さんを送り出すという空気が流れるでしょうし、それだけの功績を残した選手だと思います。W杯に3回なんて、出られないですからね。オレを含めて、同年代のほとんどの選手は、今回のコロンビア大会を逃したから、ほとんどゼロのまま。Fリーグ全体を見ても、W杯出場者がどれだけいるか? ということになります。それだけ偉大な選手です。そういう選手のラスト数試合で直接対決をできるのは、本当に光栄です。『友祐さんをプレーオフに!』と、盛り上げるような空気が出てくると思いますが、Fリーグのプレーオフで再戦しないように、しっかりとFリーグでの直接対決は今回となるように、友祐さんと浦安を倒して、府中に勝ち点3を持ち帰ろうと思います。友祐さんを乗り越えていくことが、現役の選手にできることだと思うし、次の世代はオレたちだと思っているので、しっかり活躍をして、良い終わらせ方をさせてあげたいなと思っています」

 

  • 星翔太(浦安&日本代表)

「初めて友くんと一緒にプレーしたのは、僕がサッポ監督時代に初めて日本代表に選ばれたときですね。その合宿で僕は、友くんと同部屋でした。あのとき何を話したかは覚えていないけれど、すごく真面目に話しましたね。そのときの印象は、『良いお兄さんでもないけど、困ったらいろいろ教えてくれる人』っていう感じでした(笑)。

その後はしばらく交流もありませんでしたが、ミゲル・ロドリゴ監督の下での最初の代表活動となった中国遠征で一緒になりました。合宿中、最初は『友祐さん』と呼んでいたのが、途中からは『友くん』となる生意気な感じでいかせてもらいましたが、まったく気にしていなかったですね。

その年には浦安に移籍し、一緒のチームでプレーするようになりましたが、紅白戦でマッチアップをした印象がすごく強いです。『フィクソとして、本当に嫌な選手だな』と思いました。例えばボールキープはさせてくれるけど、シュートを打ちに行ったり、ゴールを決める作業に行くときにすごく難しい。当時から友くんは、イラン代表のシャムサイーとかと対戦していたけど、僕はそういう選手もちゃんと知らないし、どういうレベルかもわからなかった。漠然と『海外に行きたいな』と思っていたけど、実際にアジアのトップレベルと触れ合うことはなかった。それが、そういう選手を封じ込める選手と練習からやり合えたわけですから、日々の練習から得るものは本当に多かったです。ボールのもらい方で『こういうタイミングでもらわないと』とかは学ぶこともあったし、味方だったときに、『ピヴォに当てるボールでこういうのもあるんだ』ということも学びました。

2012年のアジア選手権に優勝したとき、食事は4人ずつのテーブルで、グレさん(木暮賢一郎)、友くん、ノブさん(小曽戸允哉)、僕の4人1組の席でした。年齢は一番下だったのですが、僕はスペインに行っていたこともあって、いろいろ生意気を言わせてもらっていました。試合中に、グレさんと友くんがけんかをしたんです。僕は1試合目に負傷して、ベンチに入っていたのですが、普段はグレさんがバーッと言うタイプで、友くんはコントロールしていたんです。でも、その日は友くんも言い返して、チームがザワついたんです。その後の食事のときに、「2人がそういう雰囲気を出すと、ガタついているように見える。2人ともキャプテンだから、やめてほしい」と言ったんです。さすがに怒られるかなと思ったのですが、2人とも生意気な若手の言葉を受け入れてくれたんですよね。特に友くんは、『それはあったな』という風に反省していた。しっかりと若手の声にも耳を傾けてくれる、その姿は印象的でしたね。

そんな真面目な話もありますが、あの天然パーマですし、普段はイジられキャラです。浦安でジャカルタに行ったときは、『若い選手たちが増えてきたのに、なかなか彼らが持ち味を出せていないな。それはオレたちベテランのせいじゃないのか』っていう話になったんです。そこで友くんと僕で、若手の部屋に行っていたずらをしに行きましたね。『そんなに真面目なだけじゃないよ。ふざけるよ』と。具体的に何をしたかは、ちょっと公表できませんが、いろいろやりましたね(笑)。

ピッチを離れたところでも、すごく気が付きます。思っていることを全部出すことは限られていますが、いざ話すときの言葉の選び方もすごいし、それ以外のときにも『見ているな』という印象を持てる行動、言動で示してくれます。その姿を見ていて、『代表のキャプテン、チームのキャプテンというのはこういうものだ』というのがあったので、自分のキャプテン像を描きやすくなりました。

引退の話は、発表の前日に聞きました。他の選手たちには、練習前に伝えられていたのですが、僕は別メニューで調整していたので、電話がかかってきました。そんなにいつも連絡が来ることはないので、『今日の練習で何かあったのかな?』と思っていたら、『今季限りで引退する』という話だったので、『マジか』と思いましたね。この2年間、僕は負傷を繰り返していて、チームに迷惑をかけっぱなしだったし、一緒に過ごせていなかった。昨年、健介が引退するときもそうでしたが、しっかりと1シーズン一緒に戦ってから、引退してほしいなと思いましたね。

一緒にプレーできるのは、あとリーグ戦が11試合と全日本選手権が多くても6試合。リーグのプレーオフに行けたとしても、残りの試合は少ないですよね。代表でも、クラブでも、一緒に出る時間が多く、ケツを拭いてもらっている部分もあったし、わがままも言わせてもらっていました。友くんがいなくなると、甘えられる故郷がなくなるような感じです。ここに居れば、居心地がいいっていう場所がなくなるのは、すごく寂しいですし、僕のエゴですが、僕が1シーズン戦える状態で最後のシーズンを迎えてほしかったですね。

引退後も、できることなら浦安に残ってもらって、次の世代を育ててほしいと思います。そうじゃなくても、日本のフットサルを発展させるために、人間性、情熱を燃やし続けてほしいです。情熱がプレーから伝わっているからこそ、これだけの人が惜しんでくれると思う。プロフェッショナルなんだけど、プロフェッショナルじゃないというか、プレーに人間味がある。そういう選手だったから、チームにとどまらず、リーグ自体を変えていくような人になってもらいたいし、日本を次のレベルに上げるために、フットサル界にかかわり続けてほしいです。

現在、僕はリハビリ中です。可能な限り良い状態で、早く戻れるように全力を尽くします。年明けにはピッチに戻り、元気な姿をみんなに見せられればと思いますし、プレーオフにも出て1試合でも多く友くんと一緒にプレーしたいので、もう少し待っていてください。

 

  • 岩本昌樹(浦安)

「友祐が浦安に来てから一緒にプレーしているから、もう10年だね。それだけ長い時間を一緒に過ごしていたから、なんとなく『引退するのかな?』、『そういうことを考えているのかな?』という雰囲気は感じていた。ちゃんと聞いたのは、公式発表の前日の練習のとき、チーム全員に報告したとき。まだ選手としてプレーできると思うから残念だよね。オレより若いのに、みんな辞めていっちゃうね…。

Fリーグが開幕してからは同じチームでプレーしていたけど、フットサルを始めた頃から敵としてずっと対戦もしてきた。フットサルが世間に知られていなかった時期から、フットサルをつくりあげてきた仲間がいなくなるのは、違うチームでも、寂しい想いがあるし、他の人の引退とは、違う感じがするよね。そういう仲間意識は、みんな持っていると思うんだ。今年は特に、修さん(甲斐修侍)も、スズ(鈴村拓也)にしても引退を発表した。自分も35歳、36歳のときから、『そろそろかな?』と思っている。リーグが全体として若手を使う方向に動いているし、そういう風潮があるから、みんな辞めていっていると思う。そうじゃなかったら、まだみんな続けているんじゃない? 本当に、みんなオレより年下なのに辞めていっちゃっているからね…。

特に友祐がいなくなると、ああいうタイプの選手がFリーグからもいなくなってしまうと思う。木暮は『ヘタクソで』と表現していたけど、見る人がわかりやすいくらい、気持ちを出して、相手を潰していった。その姿勢は練習でも、試合でも変わらなかったし、みんなが分かるぐらい感情を表す選手は、少なくとも浦安には他にいないよ。昔なら(難波田)治とかもいたし、浦安でいえば平塚(雅史)もそうだったけどね。

友祐とプレーできる、リーグ戦の残り11試合、友祐自身は周囲が『友祐のために』っていうのはイヤがるだろうし、『そういうのじゃなくていい』と言うと思う。でも、ずっと一緒にやってきたオレとかからすると、そういう選手のために残りの試合を頑張りたい気持ちは、すごく強い。やっぱり友祐の最後のシーズンを良い成績で終えて、良い形で送り出したいし、試合だけではなくて、練習から、そういう気持ちを持ってやっていきたいね。そういう姿が若手にも刺激になると思うし、そうやって見せられる選手が。うちのチームだけではなく、フットサル界にとっても必要。また、そういう若い選手が出てきてほしいね。

友祐は、若手の良い見本にもなっていたと思う。厳しいことを言って、味方とぶつかり合う。でも、みんな友祐が一番頑張っているから何とも思わない。厳しいことを言う対象も、若手だけではない。オレを含めて年上の選手、年の近い選手にも、みんなに平等に言う。その分、自分はプレーや姿勢でも示すからね。今まで何度もぶつかる場面は、チーム内でもあった。でも、それが変な形になることもなかったからね。

友祐がいない浦安は、考えられないよね。初年度からいる選手はオレと(中島)孝だけになるし、もしオレがいなくなったら孝だけになっちゃうね(笑)。寂しくなるよね。これだけやってきた選手だから、みんなそうなるよね」