【Fリーグ】引退発表の小宮山友祐へ レジェンドからのメッセージ PART4

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フットサル日本代表でも長らく活躍してきたバルドラール浦安のFP小宮山友祐が、2016-17シーズン限りでの現役引退を発表した。この一報を受け、小宮山とゆかりのある指導者・選手にメッセージを送ってもらった。

 

連載の最後となるPART4では、小学生時代から付き合いがある岩田雅人、日本代表でチームメイトだった現役Fリーガーの狩野新と渡邉知晃、日本代表でW杯を2度一緒に戦った北原亘、浦安と日本代表でチームメイトだった稲田祐介と藤井健太、そして難波田治の7名からのメッセージ。

 

  • 岩田雅人(元ファイルフォックスFP)

「友祐、お疲れさま。友祐との思い出は遡ると小学生のサッカー大会の時からで、懐かしいです。昔からO脚だったなぁ(笑)。ファイルに同じ時期に入団して、一緒にたくさん練習して、食事に行って、多くのことを学んで、成長して、振り返るとすべて良い思い出だなと。試合や練習で木暮(賢一郎)に言われすぎて、メンタルやられて、フットサルが嫌になったり、チームを辞めたいと言い出したり、相談に乗ったこともあったり、今のメンタルの強さからは、考えられないですね(笑)。

友祐は誰よりも上達することに貪欲だった。毎日の練習から一生懸命で手を抜かないし、練習の合間も練習後も、木暮や(難波田)治くんと1対1をやっていたしね。あの2人と毎日1対1をやるんだから、ディフェンスが強くなるよね。

代表で治くんのあとの闘将のポジション(?)を受け継いでからは、さらに選手としての強さ、頼もしさみたいなものが増していったなと。治くんの代名詞だった闘将という言葉も、今では友祐に当たり前のように使われているし。治くんや友祐のように熱い気持ちが周りのプレーヤーや観客にまで伝わる選手って他にいないのかなって。自分自身は全力で気持ちを出してやっているんだろうけど、それが他の選手や観客を鼓舞できるほどの選手はいないというか。単純にFリーグや代表の試合を見ていて、すごく上手い選手はたくさんいるし、戦術も昔に比べて進化しているなぁと思うけど、友祐のようにハートで戦う選手っているのかな? それだけに貴重だなと。気持ちを出し続けることって、もしかしたら足元の技術や戦術を高めることよりも難しいことなのかもしれないし、教えられない部分なのかもしれないなと思う。今までの人生そのものというか、あそこまでの覚悟をもってプレーしている人も少ないのかもしれませんね。チームにいて欲しい選手です。だからこそ、友祐のプレーは見たいと思わせるものがあるのかもしれません。勝手なことばかり言って申し訳ないですが、代表がW杯に行くために、必要不可欠な選手だったように思う。

友祐がファイルフォックスから浦安に行ってしまうとき、すごく寂しかった。ずっと一緒に蹴ってきた仲間だから。今度はフットサル界から引退ということで、また同年代の応援している選手が引退することは寂しいです。

薫とのマッチアップは、今のFリーグの中でも見応えがあるし、元チームメイトの2人だから思い入れも強い!薫との最後の対戦1月22日は町田に応援にいくよ!

友祐は最後だから、薫を完封してほしいけど、薫には引退する友祐をしっかりとボコボコに倒して引導を渡してほしいなぁと! そしたら友祐もあきらめもつくと思うしね。まあ結局どっちも応援するんだけどね! 年齢関係なく、ピッチの上で力を出せるもの、存在感を出せるものが生き残る世界であってほしいから、友祐の引退は残念だけど、その分は薫に頑張ってもらおう! まあ2人とも引退したら闘魂で!(笑)。そうそう、引退したら一緒に蹴ろう! 闘魂で!

話が尽きないので、これから先は友祐本人と会って、ご飯でも食べながら直接伝えます(笑)。とにかく長い選手生活お疲れ様でした。フットサル界の未来のためには、友祐のあとの闘将が出てきてくれることを願っています!」

 

  • 狩野新(元日本代表FP)

「友祐さんとチームメイトになったのは日本代表だけだったので、基本的には対戦相手でしたね。若いときから戦っていましたが、気持ちを前面に出すプレーヤーで、昔は僕も怒られるというか、ちょっと軽いプレーをしたりすると、『ふざけんなよ』くらいの感じで突っかかってきていましたね。ただ、年々、優しくなってきて『根は優しい選手なんだな』と感じていました。めっちゃ熱いんですけど、掛けてくる言葉には優しさがあったんです。コケたときとか、ファウルしたときとか。そういうところは一人の人間としても、プレーヤーとしても尊敬できましたし、フットサルに対して熱く、人に優しいと感じています。もっとも、だからこそ、腹黒いんだと思うんです(笑)。強い部分があったり、優しさがあったりするからそういうところが出るんじゃないですかね。

2004年のW杯のときは、僕と友祐さんが最終登録メンバーから外れました。そのとき、友祐さんから電話がかかってきて『オレらダメだったね』って話していたんです。友祐さんには『それでも全力で頑張っていたことは間違いないし、この経験は今後にもつながるだろうから、あとはみんなを信じて頑張ろう』と、励まし合ったんです。そうしたら市さん(市原誉昭)が負傷をして、友祐が追加招集されたので電話をしたんです。そうしたら『いやぁ、オレも喜んでいいのかわからないよー』と、言っていました。そのときは先輩だから言えませんでしたが、心の中では『絶対にうれしいやろ』と、思っていましたね(笑)。

市さんは代表のキャプテンでもあり、中心選手だったので追加招集されたことで、プレッシャーはあったと思います。それでも、そこから友祐さんはブレイクしていったので、チャンスを逃さずに自分が上へ、上へと進んでいくようなところは、見習いたいですね。『自分は器用ではない』と言いつつ、気持ちとか、チームのことを考えてプレーして、チャンスをつかんであそこまで行けるのは、やはり腹黒いからですよね(笑)。

ここまで一緒に10年間、Fリーグでプレーしてきましたし、その前からも関東リーグや代表でプレーしてきました。いろいろアドバイスをもらった先輩なので、最後は一緒のピッチで良い試合ができればいいなと思います。試合後もゆっくり話をして、いろいろアドバイスをもらいたいです。今後、僕が友祐さんに続いて、残してゆくべきものを若手に伝えられるように、ぜひアドバイスをお願いします!!」

 

  • 渡邉知晃(日本代表FP)

「初めて日本代表で一緒になったのは、フル代表と若手の代表の合宿を何度かやった後、ミゲル監督が最初に合同チームを立ち上げ、本格的に自分の日本代表チームを始動させたときでした。その一発目にあった静岡合宿で、僕は友くんと同部屋でしたね。

それまでは外から見ているだけで、試合中の印象しかなかったので、怖くてしかたなかったですね。(北原)亘さんとか、哲くん(村上哲哉)とかだったら、怖いと思わなかったんでしょうが、あのプレーぶりに、雄叫びでしたからね。僕がボツワナで対戦したときも、やっぱり『闘将』でしたし。でも、実際に同じ部屋になったらいろいろ教えてくれるし、話しかけてもくれて、優しかったですね。

代表活動を通じて印象に残っているのは、誰に対しても怒ったり、文句を言わないこと。プレー中のミス、たとえばボールを奪われたりしたとき、パスミスをしたときとか、そういうことに関しては、絶対に文句を言わない。ただ、唯一、怒るのが、サボったり、気持ちの入っていないプレーをしたりすること。常に自分が100%の気持ちを出してプレーする人だったから、気の抜けたプレーとか、頑張らないことに関しては、すごく厳しい目を持っていました。当時、若手だった僕らには、『自分のプレーを出せよ、俺がカバーするから』という感じで、一緒に出ていて本当にやりやすい存在でした。

また、親善試合であろうが、海外でのトレーニングマッチであろうが、友くんは常に全力でした。同じピッチにいるときもあれば、ベンチからプレーを見ることもありますが、あれだけのキャリアのあるベテランが必死にプレーしているのを見ると、『自分も頑張らないといけない』という気持ちになりますよね。特に守備のときは、誰よりも必死に戦い、体を張る。だから、試合中に吠えたり、鼓舞したりする声も印象的なのですが、僕は背中で引っ張るというか、プレーでやらなきゃいけない当たり前のこと、守備の最後まで体を張る部分だったり、気持ちを出す部分だったりを身をもって体現してくれるイメージが強いですね。プレーのアドバイス、プレーの指示で引っ張るより、背中で引っ張っていく存在だったと思います。

僕はピヴォだから、リーグ戦でも、代表の練習中でも、相当な回数マッチアップしました。やっぱりピヴォからしたらイヤな存在ですよね。体ごとぶつかってくるし、体の強さもある。ガツガツ来るタイプのフィクソで、世界との経験も豊富だったので、何回もマッチアップできたのは、自分の成長にもつながりました。アジア、世界と戦うときの基盤ができたと思います。いろいろなタイプのフィクソもいますが、一番体をぶつけて、本当にボールを狩りに来るタイプだった。

府中と浦安の両チームがプレーオフに勝ち上がらない限り、5日の試合が最後の対戦となります。まさか引退発表した初戦になるのもビックリでしたが、楽しみです。僕自身も通算100ゴールが懸かっているので、マッチアップを楽しみたいですし、恩返しの意味も込めて、その試合で100ゴール目を決めたいと思います」

 

  • 北原亘(元日本代表FP)

「小宮山さんは、僕がフットサルを始めた頃から第一線で活躍していました。同じポジションの選手として雲の上の存在でしたね。ファイルフォックスの全盛期で、(難波田)治さん、板谷(竹生)さん、(小宮山)友祐の3人が後ろを固めていた。だからこそ、グレさん(木暮)だったり、(稲葉)洸太郎が自由にプレーできていました。ディフェンスの重要性を教えてくれた3人だったと思います。その中でも治さんと小宮山さんは、気持ちを前面に出して守るタイプでした。そういう意味でもピッチ上でリーダーシップをとっていると、対戦相手としても、チームメイトとしても思います。いま、気持ちを前面に押し出してプレーする選手が減っている中で、すごく貴重な存在がいなくなるのが寂しいですね。鈴さん(鈴村拓也)も引退を発表して、小宮山さんも引退を発表して、クレバーな選手は多くいますが、後ろから引っ張るフィクソが、今はどこを見ても少なくなっています。これからのフットサルにも、ああいった選手の存在は必要だと思うんです。

残り11試合、引退を表明したことで、小宮山さんにも今まで以上のスポットライトが当たるはずです。ゴールが注視される時代の中で、これからは後継者を育てるという意味でも、自分のスタイルを崩さず、思いをピッチに残して、第2の小宮山が産まれるような存在感を示してください」

 

  • 稲田祐介(元浦安&元日本代表FP)

「今までお疲れ様でした。浦安でも、日本代表でもチームメイトでしたし、フットサルの思い出も、たくさんあるけれど、友祐との思い出といえば、僕の結婚式の2次会で(狩野)新と一緒に幼稚園児の恰好をして司会をしてくれたことですね。あのときは、本当にありがとう! 今後、何をやるかはわかりませんが、引退後は、できれば良き指導者になってください。以前のように魂で戦うような特徴のある選手が少なくなってきていると感じるので、そういう選手を育てて行ってほしいなと思います。最近、ピッチ上での友祐はおとなしくなってきているように感じますが、気持ちの部分、戦うっていうところを見せつけて現役生活を終えてください」

 

  • 藤井健太(元浦安&元日本代表FP)

「お疲れ様でした、という言葉しかないですね。やっぱり思い出すのは、2008年のアジア選手権のことですね。準決勝のイラン戦で友祐がシャムサイーにボールを当ててしまい、それが日本のゴールに入ってしまった。あのときに0-1で負けて、敗戦のすべてを背負わせてしまったのは申し訳なかった。でも、友祐はそこで責任を感じた中で、そのあとの中国戦でゴールを決めて日本は3位になった。中国戦では、あの木暮にも『友祐に決めさせたい』って言わせるくらい、チームが一体になっていた。イラン戦の失点がどうこうではなく、その中からチームが一つになり、友祐が点を取ってみんなで喜べた。あれは本当に嬉しいゴールだったし、またチームのために何をしないといけないかを考えて、実際に点を取ってくれた友祐は、すごいなと思ったね。

それくらいの責任感をもって、友祐は今までの自分のフットサル人生を歩んできたと思います。素晴らしい人間性を持っているし、みんなが友祐に引っ張られていった。若い子もそれを見て育つかなと思う。まだまだその役割を担えると思うし、もう少し友祐の雄姿を見たかったから、残念な寂しい気持ちはあるけれど、それは友祐が決めたことを尊重しないといけない。今後はまた選手から違う立場の人生の第2章に移る。そこでも友祐はエネルギッシュに、フットサルでも見せた責任感をもって、これからも人生を進んでいってくれるでしょう。その中で多くの幸せがあることを願っています。また、これまでとは違う形で、お互いに協力しあって、フットサルの力にもなれるようにできたらいいなと思っています」

 

  • 難波田治(元ファイルフォックス&元日本代表FP)

「え~と、友祐の引退に関する諸先輩方をはじめ、みなさんのメッセージが凄すぎて若干引いている難波田です(*_*;

彼とはもうかれこれ15年以上の付き合いでしょうか。プレースタイルも似ていて、家も近所で練習や試合もいつも一緒で、僕の突拍子もない行動に付き合わせて振り回したりと、一緒に居ることが当たり前でした。今でも変わらないと思いますが、最初は真面目キャラで言われたことを実直に聞く人だなあと思いきや、とても腹黒い部分を持っていることを知り、少しずつ『腹黒ゆうくん』というキャラをチームに浸透させました。ついに今では本人は開き直っています(笑)。

みんなが言っているように、完全に『努力の人間』だったと思います。これは大阪のテツ(村上哲哉)も同じでしょう。僕や木暮に、叱られて、叱られて這い上がってきた典型的な選手だったと思います。市くん(市原誉昭)も言っていましたが、市くんがアキレス腱を切ってしまい、入れ替わるように代表に入ってくるところは本当に腹黒……いではなく、それも友祐の努力をしてきた『運』だったのかなと思います。さらに市くんの代名詞の『代表の4番』を守り続け『自分の番号』にしたことは『とてつもない努力』だったのではないかと思います。

僕自身、同じポジションとして、友祐やテツに引導を渡した自負をもっています。(北原)亘や上澤(貴憲)というスケールの大きい選手も目の当たりにしました。今、フットサルのスタイルが変化していく中で『うまいなあ』という選手は増えてはきていますが、友祐のような観ている人が『すげ~な』という選手は減ってきている……というか居なくなってきているような気がします。それが現在の観客数減にもつながっているのではないでしょうか。それは、観て学ぶことだけではなく、感じないといけないことです。友祐がプレーをしているうちに少しでも感じ取れる選手が居てほしいですね。それができなければ友祐の伝え不足ですかね(笑)。

友祐だけではなく、木暮や(森岡)薫は、僕の大切な後輩であり、弟のようなものであり、大変リスペクトをしている存在です。どの立場になろうと、それは今後一生変わりません。友祐が歩んできた軌跡は、木暮や亘同様にとてつもない道で、誰にもわからないものを見てきたはずです。その蓄積されたものを今の閉鎖感のある日本のフットサル界に活かしてほしいし、『活かさない=フットサル界は終わる』くらいの存在ではないでしょうか。

さて、そんな存在を日本のフットサル界がどう活用するのか。彼が『居るべきポジション』が必ずあるはずです。そのポジションで今後のフットサル界に貢献してほしいですね。

とは言っても、僕は完全に友祐の『先輩』という立場は変わらないので、どんな立場になろうがスタンスは『腹黒ゆうくん』の先輩として接します(笑)。木暮や須賀(雄大)ちゃんのように、彼のプレーの弱点をつくことは現場に任せて、それ以外の弱点を今後も僕がつついていきます(笑)。

最後にここに載せられる一番の思い出を。練習後の遅めのお昼ご飯のつもりのラーメン屋で、彼は替え玉3杯(計4玉)を食したのに、『帰宅したら奥さんのご飯を食べる』と言いました。僕は、『じゃあこれは何ご飯?』と聞いたら『おやつ』と答えたのです。

現役選手や若手選手!! そのくらい食べないとW杯3回出場、日本代表キャプテン、ベスト5選出などというとてつもない実績は残せないということですよ(笑)!!

みなさんのような凄いメッセージは、ここでは恥ずかしくてできないので、直接伝えるために、友祐との思い出に浸るために、残りの試合の彼のプレーを観に行こうかと思っています」